法話(2019年6月18日) 

孝行と介護

我々の生活はここ数百年の間に経済・社会・政治等すべての分野で大きく変動している。それまでの両親と一緒に住み(三世代家族)、老後の面倒をみるのが当たり前の農村的な生活とは全く異なり、産業が発展し経済的に豊かになった人間はより自我の主張と欲望の充実に走る。衰えた両親を見捨て、自分だけの安楽な生活を送る都会的生活が確立した。そのため、農村部の田舎を離れられない年配者と仕事を求め都市部へ移り住む若者との経済的格差が生まれた。若者は豊かになるにつれ欲望の増大、自我が膨れ上がり両親の面倒をみない風潮がはるかに増大し、核家族化が進んだ。

「スッタニパータ」98でのお釈迦様の言葉

『両親がおいて衰えているのにこれを養わず、自分だけは豊かに暮らす人がいる。これは破滅への門である。』 

両親の世話をしないで自分だけが経済的にいい思いをする。

盤珪永琢

『子には慈悲を加えるのが親の道。また親には孝行を尽くすのが子の道。』

子供には慈しみと優しさを与えるのが親としてなすべき道であり、親には孝行するのが子としてなすべき道。他の動物にはみられない人間特有のもの人間的な暖かい心である。

白隠慧鶴

『孝行する程子孫も繁昌。親は浮世の福田じゃ。』

親孝行すればするほどその家は子々孫々栄えていく。だから親はこの世の福田。幸せを生み出す打ち出の小槌だ。

「易経」

『積善の家に必ず余慶あり。』

親に対して世話をすれば必ず余慶は生まれて来る。

我々は当たり前のように両親がいるから自分が生まれて来た。親子の縁は何にもまして深い縁であり親を尊ぶことは人として当然であるが、自分本位の自分勝手な考え方で自分が生まれて来た縁を縁とは思っていない人、つまり親を親とも思っていない人がだんだん増えて来ている。孝行するということは徳を積むということ、善を積むということである。

今の世の中は核家族化や女性の社会進出もあり少子化に拍車をかけ少子高齢化となり、老人介護の大変さ、難しさが浮き彫りになって来ている。

特別養護老人ホームに入所出来ない人の介護は家族の誰かが自分の仕事をさしおいてまでもしなくてはならない。そうなると、介護をしている家族が精神的に参って来て「うつ」になり、正しい判断が出来なくなり事件を起こしてしまうということもある。また65歳以上の方が65歳以上の方を介護するといった「老老介護」や認知症同士で介護をする「認認介護」といった問題も発生している。

そこで、親は認知症にならないためにも脳の血の巡りを良くするため、動脈硬化を防ぐよう食事に注意をしたり、運動をしたり、生きているという自分の喜びを見つけ心にハリを与えることが大切である。

お釈迦様の時代にはこういった問題はなかっただろうから、お経にはどうしたらよいかということは書かれていないので、自分で出来る範囲で対処して考えるしかない。

(注)この文章は聴聞者の一人がお聞きした内容を自身の言葉で表現したものです。